合気道開祖の教え

八千代市合気道連盟  師範  乾泰夫

1)はじめに

森信三先生(1896〜1992、日本教育界の父)の教えの一つに『成形の功徳』があります。
それは「すべて物事というものは、形を成さないことには、十分にその効果が現れないということです。
同時にまた、仮に一応なりとも形をまとめておけば、よしそれがどんなにつまらぬと思われるようなものでも、それ相応の効用はあるものだということです」という教えです。
「今までの教えや発行した物は、ある時期がきたら一つの形あるものとして保存すると、読み返すこともでき、後々のために大きな力となる」ということです。

この教えに励まされて、合気道開祖 植芝盛平大先生(以下、開祖という)が残された教えについてまとめることに致します。
ただし、初めにお断りしておかなければなりませんが、これは現在の私が精一杯背伸びしてまとめたもので、ここで述べることは一つの仮説に過ぎません。
理解が十分でないばかりではなく間違いも多々あると思います。
そのため、後々の方に間違いを正し、より完全なものにして頂ければと願っていますが、合気の道に入られた方が、その素晴らしさを理解して、開祖が求められたものを求めようとする際の一つの足掛かりにでもなればこの上の幸せはありません。

私が開祖からお話を伺い、演武を拝見したのは、昭和42年(1967)4月9日のことでした。
開祖にお会いし、間近でお話を伺うことが出来たのは後にも先にもこの時だけでした。
そのせいか、「この道場は多賀の里じゃ。爺が、この畳の下に宝を埋めておくので、それを自分で(稽古によって)掘り出しなさい」と話されたこと、 更にあまりにも不思議な神技と言われていた演武の一つ一つを昨日のことのように憶えています。
この時、受身を取られた(自衛隊で指導をされていた)お弟子さんに、「今の自衛隊は間違っておる。(そのことが)分かるか」と語り掛けられていましたが、このお話が意味するところと『多賀の里』の意味がよく分かりませんでした。 これら二つの言葉がそれ以来ずっと心に引っ掛かってきましたが、 『多賀の里』については、それから30年もして多賀大社のことであるということが分かり、 「主祭神がイザナギ、イザナミの命であるから、島生み神生み神話と同じように次々と生まれ極まりのない武産(たけむす)合気という宝を自分のものにしなさい」ということであったかと納得しました。

お話は聞いた時にすぐ理解できなければ、大抵は「難しかった」で終わりますが、書物になれば、時間を掛けられる分、読み解くことが容易になります。 幸い開祖のお言葉(道文)が『合気神髄』『武産合氣』『合気道新聞』などに残されています。
私は、お話の理解に30年もかかりましたが、思い詰めれば理解の光が差してくることを知ったので、この上はこれらの道文を読みたどり、自分の生がある内に開祖の教えに対する理解の枠を広げたいと思うようになりました。 その思いの結晶が、このまとめになりました。

まず、私が取った理解へのアプローチを箇条書きにして明らかにしておきます。

  • 『合気神髄』『武産合氣』『合気道新聞』などの道文を何回も読み、意味が理解出来ない言葉や心に飛び込んでくる言葉はメモをして、 他の道文を参考にしたり、他の書物やインターネットなどで意味を調べる。
    何事も難しくて自分にはとても理解出来ないという気持ちがあると思考力が働かなくなりますので、少なくとも開祖は理路整然としたお話をされているのだと考え、また、同じ日本人ではないかと強く思うことにしました。
    実際、開祖のお話はしっかりした概念体系に基づいていますが、そうすると、開祖の独特の言い回しに慣れて来て、 同じ概念を別の言葉で表現されていることが多いことに気付き、それがロゼッタストーンのように道文を読み解く鍵になりました。
    分からない言葉は、『古事記』『霊界物語』『古神道の本』などを参考にしましたが、最初はそれぞれの言葉の意味を知ることに拘泥せず、 出来るだけ開祖が何を伝えようとされているのか、合気道の稽古の中で学び聞いたことに照らし合わせて、その心意を掴むように努めました。
  • 開祖の辿られた道を、歴史を遡って眺める。
    迷路パズルは出口からたどれば容易に入口に到達しますが、合気道の創始も時間を遡って後(あと)から見ればその道筋がよく分かってくるようです。
    森信三先生の「人間は一生のうち逢うべき人には必ず会える。しかも、一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」という言葉にあるとおり、人間の一生は綾なす事柄が個人の選択と大いなる意思の仕組みとによってなっているためでしょうか。
    その結果、開祖の生来のご性格、使命感、開祖が出会われた方々との不思議な因縁などが合気道の創始に欠かせなかったことと、何よりも与えられた神示が合気道創始のきっかけになったことが分かりました。
  • あれこれとイマジネーション(想像力)を働かせてインスピレーション(霊感)を受けるように努める。
    道文について思いを巡らして、ふと浮かんだ考えはメモするようにしました。
    そして、技法については稽古の中でそのひらめき(気付き)を検証してみました。
    開祖は武道の天才と言われています。
    かのトーマス・A・エジソンが「天才とは、1%のインスピレーション(霊感、ひらめき)と99%のパースピレーション(発汗、努力)の賜物である」と言っていますが、 それは、「最初の"ひらめき"が良くなければ、いくら努力してもダメだ。ただ努力だけという人はエネルギーを無駄にしているに過ぎない」という意味だそうです。
    開祖もこのひらめきが素晴らしい方だったと思います。
    それで、開祖のひらめきと同調出来るよう、私もひらめきを受けることに意を注ぎました。
    具体的には、開祖の受けられた数々の心的・霊的な事柄の意味を理解するために、私も毎日2時間以上を集中して思索に割くようにしました。
    幸い東京まで電車通勤をしているので、朝早く家を出て座って通勤することでその時間を作ることが出来ました。