合気道 八千代市合気会の子供会活動内容

【子供会】

当会では父兄のご協力を頂き、子供会を運営しております。例年数回の催しを企画しております。

<子供会の催し 例> 
  ※毎年、企画内容は変わります。詳しくは「稽古日程」をご覧ください。
  バーベキュー/遠足、科学技術館見学、クリスマス会、鏡開き 等

【鏡開き】

年始めに、少年部・一般部では鏡開きを行い、皆でお餅をついたり、お汁粉を食べたりビンゴゲームをしたり、楽しく新年を祝います。
また、例年、鏡開きでは、昇級審査の結果の賞状授与も行っています。

鏡開き

【演武大会】

年2回、日頃の稽古の成果を、ご家族の前で披露します。
年々、成長し上達する姿が楽しみでもあり、頼もしくもあります。

合気道 少年部演武大会

「ひび割れ壷」の物語

インドのある水汲み人足は二つの壺を持っていました。
天秤棒の端にそれぞれの壺をさげ、首の後ろで天秤棒を左右にかけて、彼は水を運びます。その壺のひとつにはひびが入っています。

もう一つの完璧な壺が、小川からご主人様の家まで一滴の水もこぼさないのに、ひび割れ壺は人足が水をいっぱいに入れてくれても、ご主人様の家に着く頃には半分になっているのです。

完璧な壺は、いつも自分を誇りに思っていました。なぜなら、彼がつくられたその本来の目的をいつも達成することができたから。

ひび割れ壺はいつも自分を恥じていました。なぜなら、彼がつくられたその本来の目的を、彼は半分しか達成することができなかったから。

二年が過ぎ、すっかり惨めになっていたひび割れ壺は、ある日、川のほとりで水汲み人足に話しかけました。
「私は自分が恥ずかしい。そして、あなたにすまないと思っている」
「なぜそんなふうに思うの?」
水汲み人足はたずねました。
「何を恥じているの?」
「この二年間、私はこのひびのせいで、あなたのご主人様の家まで水を半分しか運べなかった。水が漏れてしまうから、あなたがどんなに努力をしても、その努力が報われることがない。私はそれがつらいんだ」
壺は言いました。

水汲み人足は、ひび割れ壺を気の毒に思い、そして言いました。
「これからご主人様の家に帰る途中、道端に咲いているきれいな花を見てごらん」

天秤棒にぶらさげられて丘を登っていくとき、ひび割れ壺はお日様に照らされ美しく咲き誇る道端の花に気づきました。
花は本当に美しく、壺はちょっと元気になった気がしましたが、ご主人様の家に着くころには、また水を半分漏らしてしまった自分を恥じて、水汲み人足に謝りました。

すると彼は言ったのです。
「道端の花に気づいたかい?
花が君の側にしか咲いていないのに気づいたかい?
僕は君からこぼれ落ちる水に気づいて、君が通る側に花の種をまいたんだ。
そして君は毎日、僕たちが小川から帰る途中水をまいてくれた。
この二年間、僕はご主人様の食卓に花を欠かしたことがない。
君があるがままの君じゃなかったら、ご主人様はこの美しさで家を飾ることはできなかったんだよ」

(作者不詳 菅原裕子訳)

『子どもの心のコーチング - 一人で考え 一人でできる子の育て方』(菅原裕子著、PHP文庫)に掲載

麻薬と服装

イチロー選手が活躍しているシアトル・マリナーズの本拠地がどこにあるかご存知ですか。
そうです、アメリカの西北部にあるワシントン州のシアトルです。航空機を作っているボーイング社があることで有名な、人口がアメリカで15番目に多い都市です。

この街を一人の青年が歩いていたら、「兄ちゃん、麻薬はどうかネ」と言って近づいて来た男がいました。麻薬売人でした。
ワシントン州は、アメリカの中では比較的治安が良い方で、シアトルも清潔な感じがする街です。
それでも、最近は麻薬の売買や若いギャングの銃を使った凶悪犯罪が増えているそうです。
もちろん、こうした麻薬の売買は法律で禁じられています。

その青年は、一瞬驚きましたが、きっぱりと「自分は麻薬はやりませんから」と断りました。
そして、相手に聞き返しました。
「でも、どうして私に麻薬を売りつけようとしたんですか」と。

すると、その麻薬売人は、こう答えました。
「お前が俺と同じ格好をしていたからさ」

確かに、その青年は、麻薬売人と同じような服装をしていました。
このことがあって、その青年は、服装によって他人から自分がどんな人間であるか判断されるということ思い知らされました。
そして、それからは、いつもきちんとした服走をするように心掛けるようになったそうです。

出典不明

クジラのジャンプ

シーワールドでは、巨大なクジラが何と7メートルもジャンプしている。
どうすれば、そんなことができるようになるのだろうか?
もちろん、こうした見事なジャンプの陰には、調教師たちの地道な訓練がある。

彼らが重点を置くのは、反復させたい動作を奨励すること、
つまり、この場合はクジラにロープを飛び越えさせることである。
そこで、あらゆる面から環境を整えていき、「失敗できない」ように仕向ける。
まず水面下にロープをはって、クジラが期待どおりの動きをせざるを得ないようにする。
クジラがロープを越えたら、それを奨励する。つまり、魚をやり、撫でてやり、遊んでやり、
これが一番大事なのだが、クジラの行動を強化するのである。

では、クジラがロープの下をくぐってしまったらどうなるだろうか?
答えは、「何も起こらない」。電気ショックを与えるわけではないし、表立って叱り飛ばしもしない。
赤点もつけない。
つまり、マイナス方向の行動は見逃されるのである。

これこそ、華々しい結果を生み出す訓練のポイントである。そして、クジラがロープの下より上を跳ぶ回数が多くなるにつれ、調教師たちはロープを少しずつ上げていく。
急に高くしたりすると、クジラが肉体的にも感情的にも飢えてしまうからである。

このエピソードは、私たちに二つのことを教えてくれている。
一つは、「ほめすぎるくらいにほめろ」ということだ。
たとえ些細なことでも見逃さず、いいことは常にほめてあげよう。
もう一つが、「批判は控えめにせよ」ということだ。失敗した場合は、本人がいちばんよくわかっている。
何より必要なのは助けである。
批判を控え、罰も軽めにとどめれば、人はたいていその件を忘れない。
同じ間違いはしないようになる。

                                  出典不明

祈りの答え

私たちが力を求めれば、神は困難を与えて下さる。

知恵を求めれば、問題を与えて、それを解決することによって知恵が深まるようにして下さる。

繁栄を嘆願すれば、そのための努力ができるように頭脳と体力を祝福してくださる。

勇気を願い求めれば、克服するための危険を与えて下さる。

恵みを求めれば、その機会を与えて下さる。

これが祈りの答えである。

                        チャールズ・マンリー・ブラウンの言葉

子どもは星

どの子も子どもは星

どの子も子どもは星

みんなそれぞれがそれぞれの光をいただいて

まばたきしている

ぼくの光を見てくださいとまばたきしている

わたしの光も見てくださいとまばたきしている

光を見てやろう

まばたきに応えてやろう

光を見てもらえないと子どもの星は光を消す

まばたきをやめる

まばたきをやめてしまおうとしはじめている星はないか

光を消してしまおうとしはじめている星はないか

光を見てやろう

まばたきに応えてやろう

そして

天いっぱいに子どもの星を

かがやかせよう。

『東井義雄詩集』(花神社)より

思い

もし、自分でダメだと思えば、ダメになってしまう。

しかし、自分は違うんだと思えば、がんばることもできる。

勝(か)ちたいのだが、勝てそうもないと思えば、十中八九勝ない。

初めから負けると思っていれば、絶対に勝つことは出来ない。

この世のことに限らず、成功・不成功はすべて人の思いから始まる。

すべては思い次第である。

この世は、その第一歩を踏み出す前から敗れているレース、

仕事にかかる前から失敗している臆病者が、なんと多いことか。

大きな思いは行いを向上させ、小さな思いは人を萎縮させる。

自分には何ができ、何をしたいのか、すべては思い次第である。

自分を優れた者と思えば、そのようになる。

自分を高めるには、そのような思いを抱かなければならなくなる。

賞を得たいと思えば、自分に先ずその確信がなければならない。

人生の戦いは、必ずしも強いもの、早いものが勝つのではない。

最後の勝利者となるのは・・・いつも自分には出来ると考えている人である。

                         ウォルター・D・ウォルトンの言葉

この男を見よ!勇気がわく

ここでアメリカの新聞に掲載されたメッセージを紹介したい。

 もし君がときに落胆することがあったら、この男のことを考えてごらん。

 小学校を中退した。

 田舎の雑貨屋を営んだ。  破産した。 借金を返すのに十五年かかった。

 妻をめとった。 不幸な結婚だった。

 下院に立候補。 二回落選。

 上院に立候補。 二回落選。

 歴史に残る演説(*)をぶった。 が聴衆は無関心。

 新聞には毎日たたかれ 国の半分からは嫌われた。

 こんな有様にもかかわらず、想像してほしい

 世界中いたるところの どんなに多くの人々が

 この不器用な、ぶさいくな、むっつり者に啓発されたことかを

 その男は自分の名前を いとも簡単にサインしていた。 

 A・リンカーン、と

『アメリカの心』(学生社)より

リンカーンの失敗と挫折、そして第16代大統領に...

1831年(22才) ビジネスに失敗
1832年(23才) 地方議員選挙に落選
1833年(24才) ビジネスに再び失敗
1835年(26才) 最愛の恋人アンが熱病にかかり死去
1836年(27才) それが元で生きる力を失い、神経衰弱の病気になる
1838年(29才) 議会で敗北
1840年(31才) 大統領選委員選挙に落選
1842年(33才) メアリと結婚(癇癪もちで、リンカーンをほうきの柄でたたくなどは日常茶飯事)
1843年(34才) 下院選挙に落選
1855年(46才) 上院選挙に落選
1856年(47才) 副大統領選挙に落選
1858年(49才) 上院選挙に落選
1860年(51才) 「丸太小屋からホワイト・ハウスへ」のキャッチコピーで大統領に当選
1865年(56才) ワシントンのフォード劇場で観劇中に暗殺される

<リンカーンの名言>

・私の最大の関心は 君が失敗したことではない。君がその失敗に感謝できるかどうかだ。

・常に肝に銘じなさい。あなたの成功に対する決意が何よりも重要だということを。

・責任を今日逃れることによって、明日の責任から逃れることはできない。

・そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。

・人民の 人民による 人民の為の政治を、この地上から絶滅させてはならない。

(*)
この言葉は、1863年11月19日、南北戦争の最中、ペンシルベニア州のゲティスバーグの丘で行なわれた戦没兵士を弔うための式典で話された、わずか2分ほどの短い演説の結びの一言です。今では「ジェファーソンの独立宣言とともに、アメリカの政治文書の双璧」と讃えられるほど有名ですが、当時のマスコミの中には、称讃するものもあった反面、質の低い演説として酷評するものもありました。例えば、イギリスの有名な新聞『ロンドン・タイムズ』は、「実になっていない話であった。あれが大統領の演説とはお粗末なものである」と、こきおろしています。
リンカーンにお話の依頼があったのは、この式典のわずか2週間ほど前で、大統領としての激務に加え息子が熱を出し、ひと騒動起こった中でのことでしたが、リンカーンはいささかも手を抜かず、演説の原稿を準備しました。この演説は、言葉に無駄がなく、よく吟味されており、独立宣言の「すべての人は平等につくられている」ということから始まり、アメリカ合衆国へ、生ある人間一人一人が献身すべきことと、その高い理念がきわめて明快に述べられています。

演説の全文は次のとおりでした。

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.
Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.
But, in a larger sense, we can not dedicate — we can not consecrate — we can not hallow — this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us — that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion — that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain — that this nation, under God, shall have a new birth of freedom
— and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

失敗を恐れるな

君はこれまで何度も失敗した。きっと憶えてはいないだろうが。

初めて歩こうとしたあの時、君は転んでしまった。

初めて泳ごうとした時、君は溺れそうになった。

そうじゃなかったかい?

初めてバットを振った時、バットはボールに当たったかい?

強打者と呼ばれるホームランを一番よく打つヒッターは、よく三振もするものだ。

R. H. メーシーは、7回も失敗したあとで、ようやくニューヨークの店を成功させた。

英国の小説家、ジョン・クリーゼーは、564冊の本を出版するまえに、753通の断り状を受け取った。

ベーブ・ルースは、1330回三振したが、714本のホームランをかっとばしている。

失敗を恐れちゃいけない。

トライもしないで逃すチャンスこそ、恐れたほうがいい。

                                   『アメリカの心』(学生社)より

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