この男を見よ!勇気がわく

ここでアメリカの新聞に掲載されたメッセージを紹介したい。

 もし君がときに落胆することがあったら、この男のことを考えてごらん。

 小学校を中退した。

 田舎の雑貨屋を営んだ。  破産した。 借金を返すのに十五年かかった。

 妻をめとった。 不幸な結婚だった。

 下院に立候補。 二回落選。

 上院に立候補。 二回落選。

 歴史に残る演説(*)をぶった。 が聴衆は無関心。

 新聞には毎日たたかれ 国の半分からは嫌われた。

 こんな有様にもかかわらず、想像してほしい

 世界中いたるところの どんなに多くの人々が

 この不器用な、ぶさいくな、むっつり者に啓発されたことかを

 その男は自分の名前を いとも簡単にサインしていた。 

 A・リンカーン、と

『アメリカの心』(学生社)より

リンカーンの失敗と挫折、そして第16代大統領に...

1831年(22才) ビジネスに失敗
1832年(23才) 地方議員選挙に落選
1833年(24才) ビジネスに再び失敗
1835年(26才) 最愛の恋人アンが熱病にかかり死去
1836年(27才) それが元で生きる力を失い、神経衰弱の病気になる
1838年(29才) 議会で敗北
1840年(31才) 大統領選委員選挙に落選
1842年(33才) メアリと結婚(癇癪もちで、リンカーンをほうきの柄でたたくなどは日常茶飯事)
1843年(34才) 下院選挙に落選
1855年(46才) 上院選挙に落選
1856年(47才) 副大統領選挙に落選
1858年(49才) 上院選挙に落選
1860年(51才) 「丸太小屋からホワイト・ハウスへ」のキャッチコピーで大統領に当選
1865年(56才) ワシントンのフォード劇場で観劇中に暗殺される

<リンカーンの名言>

・私の最大の関心は 君が失敗したことではない。君がその失敗に感謝できるかどうかだ。

・常に肝に銘じなさい。あなたの成功に対する決意が何よりも重要だということを。

・責任を今日逃れることによって、明日の責任から逃れることはできない。

・そのことはできる、それをやる、と決断せよ。それからその方法を見つけるのだ。

・人民の 人民による 人民の為の政治を、この地上から絶滅させてはならない。

(*)
この言葉は、1863年11月19日、南北戦争の最中、ペンシルベニア州のゲティスバーグの丘で行なわれた戦没兵士を弔うための式典で話された、わずか2分ほどの短い演説の結びの一言です。今では「ジェファーソンの独立宣言とともに、アメリカの政治文書の双璧」と讃えられるほど有名ですが、当時のマスコミの中には、称讃するものもあった反面、質の低い演説として酷評するものもありました。例えば、イギリスの有名な新聞『ロンドン・タイムズ』は、「実になっていない話であった。あれが大統領の演説とはお粗末なものである」と、こきおろしています。
リンカーンにお話の依頼があったのは、この式典のわずか2週間ほど前で、大統領としての激務に加え息子が熱を出し、ひと騒動起こった中でのことでしたが、リンカーンはいささかも手を抜かず、演説の原稿を準備しました。この演説は、言葉に無駄がなく、よく吟味されており、独立宣言の「すべての人は平等につくられている」ということから始まり、アメリカ合衆国へ、生ある人間一人一人が献身すべきことと、その高い理念がきわめて明快に述べられています。

演説の全文は次のとおりでした。

Four score and seven years ago our fathers brought forth on this continent, a new nation, conceived in Liberty, and dedicated to the proposition that all men are created equal.
Now we are engaged in a great civil war, testing whether that nation, or any nation so conceived and so dedicated, can long endure. We are met on a great battle-field of that war. We have come to dedicate a portion of that field, as a final resting place for those who here gave their lives that that nation might live. It is altogether fitting and proper that we should do this.
But, in a larger sense, we can not dedicate — we can not consecrate — we can not hallow — this ground. The brave men, living and dead, who struggled here, have consecrated it, far above our poor power to add or detract. The world will little note, nor long remember what we say here, but it can never forget what they did here. It is for us the living, rather, to be dedicated here to the unfinished work which they who fought here have thus far so nobly advanced. It is rather for us to be here dedicated to the great task remaining before us — that from these honored dead we take increased devotion to that cause for which they gave the last full measure of devotion — that we here highly resolve that these dead shall not have died in vain — that this nation, under God, shall have a new birth of freedom
— and that government of the people, by the people, for the people, shall not perish from the earth.

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